『神木探偵 神宿る木の秘密』本田 不二雄 著  

御神木を巡り、その歴史や背景を辿る本を読んだ。

読み進めていくうちに、近所に巨木、御神木がある環境が羨ましくなった。もし、歩いていけるような場所にあったなら、この本をきっかけに、毎朝の散歩が日課になっていたかもしれない。

以前に私もブログで、福井県の御神木巡りをした記録を記している。

その時に、御神木のエネルギーをどう昇華させて表現しようかと思っていた時に受け取ったのメッセージは、オオカミだった。

ニホンオオカミ(大口の真神)は、絶滅したとされているが、私はまだこの事実を信じ切っていない。ここでニホンオオカミについて語ってしまうと長くなってしまうので、割愛させてもらう。気になる方は、以前に書いたブログを読んで頂きたい。

しかし、今回この本を読んで彫りたい衝動に駆られたのは、流木だった。流木に対してのブログも以前に書いていたような気もするが、東日本大震災のあとだったように記憶している。

私は、流木に強く惹かれている。それは、生まれた場所が海の近くだったこともあるのかもしれない。幼い頃によく海岸で、石や流木、貝殻などを拾っていた。

もちろん、惹かれる理由はそれだけではない。

この流木はどこから来たのか。県内?県外?国外?

どれだけ漂流していたのか。漂流してすぐ?遠く大陸から何年もかけて?

そして、外見も千差万別であるところも大きな魅力だ。

荒波にもまれて、角が取れて丸くなっているものもあれば、虫に食べられ穴だらけのもの、焼け焦げて真っ黒になっているもの、貝殻が付着しているもの表面の色は、灰色、黒色、白色などのアースカラーが中心だが、一番驚くことは、「木」の持っている生命力だ。外側は、漂流している間に色も抜けてしまっているが、ひとたびその内側に刃物を入れてみると、その木材の持つ本来の色が顔を出す。さらに驚くことに、木材の持つ芳香も漂ってくるのだ。

この生命力には、純粋に感動する。

そのエネルギーをそのまま表現した作品が「流木さん」だ。

森で生まれ、漂流という名の修行を終え、最後に辿り着いた祈りの姿がそこにある。

外は漂流の記憶、内は森の魂。

時を超えて、今、仏となる。

荒波に削られ、灰色に風化した外側。

しかし刃を入れれば、驚くほど鮮やかな命の色と、

森の香りが息を吹き返す。

この生命の強さと優しさを、仏という形に託す。

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