15年の歳月は、赤ちゃんが中学3年生になる長さだ。

こうして、今も箸職人として仕事をさせてもらえていることを本当に嬉しく思う。振り返ってみると、ひとつひとつの奇跡的な出会いが紡がれて、今のMiyabowがあることを再認識させられる。

今まで、この仕事を始めたきっかけのことを書き記したことがあっただろうか。

Miyabowの原点の話を改めて綴ることにする。

小さい頃から工作が大好きだった。幼稚園でトランスフォーマーのコンボイを牛乳パックで作った。その出来栄えの高さが先生方を驚かせたのを覚えている。

実家の隣りが、石川県の伝統工芸品に指定されている「美川仏壇」の工房だった。小学生の頃は、そこの廃材置き場にこっそり忍び込んで、罰当たりと言われるかもしれないが、仏壇のパーツをプラモデルのように組み合わせたり、分解したりして楽しんでいた。今思えば、この時からもう木工の世界へと足を踏み入れていたのかもしれない。

中学生の卒業文集では、恥ずかしげもなく「夢」を語っている。それもふたつもの夢を。

そのふたつの夢は、「人間国宝になる。」と「発明家になる。」

しかし、この言葉として書き残したことが良かったと思う。それからの人生を歩んでいくときにも、この卒業文集に書いた夢たちが頭の片隅にずっと居座っていたのである。言い方を変えれば、その夢たちに縛られていたとも言えるが、なにか選択する際に、この夢たちが役に立っていたのは事実である。

大学進学を決めるときにも、夢たちが訴えかけてくる。進学校だったこともあり、大学へ行くことが当然のような環境だった。そんなとき、偶然見つけた国立の短期大学に木材工芸を学べる学部があることを知った。

センター試験を受けることなく、推薦入試で高岡短期大学産業造形学科木材工芸専攻(現富山大学芸術文化学部)に進学が決まり、こうして、木工の世界の門を叩いたのだった。

今で言えばインターンシップということになるのだろうが、当時は就職前に現場で働くことは皆無に等しかった。そんななか、大学二年生の夏休みから卒業まで家具工房で働かせてもらっていた。大学では学ぶことができない現実社会の仕事のスピード、コストや納期のことを学ばせてもらえたことは大きかった。

そのまま、その家具工房に就職した。が、3年で転職することになる。

コストのことを考え納期に追われる日々のなか、「これが夢見ていた木工職人像なのか」という押し殺していた本心が顔を出してきた。心の片隅に追いやられていた夢たちは、肩身を狭くしながらも必死に訴えかけてきていたのだと思う。

木工を仕事として、心から楽しんではいなかった。これからは、趣味として楽しんで木工を続けていこうと思い、まったく違う世界の仕事に就くことになる。

「本当に好きなことは何か?」

お酒が好きだった。特に日本酒に強い関心を抱いていた。酒造りの世界に飛び込む覚悟を決めた。ただ単純にお酒が好きだったという理由だけではないということを付け加えておこう。

ここでも、夢たちが八咫烏のように導いてくれた。もしかしたら、日本の国酒であるお酒づくりを極めれば「人間国宝になれるかもしれない。」そんなことをなんの根拠もなく思い描いていた。好きなことを続けていけば、努力すれば夢に辿り着けると真剣に考えていた。

職人の世界への憧れもあり、酒づくりの仕事はとても楽しく充実していた。

酒づくりは、冬場の仕事になる。そのため、冬に貯まった休みを夏に消化するという特殊な勤務形態だった。酒づくりの期間は、1ヶ月の半分は酒蔵に泊まり込み夜中も作業をする。休みは月に2回ほどだった。それでも辞めたいとは思わなかった。酒蔵の仕事は、もうひとつの大きなメリットを享受することができた。それは2ヶ月近くある夏休みだ。まさか、社会人になって夏休みがもらえるとは思ってもいなかった。

その持て余す夏休みを利用して、趣味の木工を続けていた。

酒蔵に勤めること7年。その間も細々と作品を作りながら、クラフトフェアなどに出店していた。当時の私は、環境問題に強い関心を持っていた。作品も箸やスプーンなど「マイ箸」を意識したものが多くなっていた。

私が作っていた箸は、普通のまっすぐな二本の棒ではなく、ぐにゃぐにゃと曲がった箸が多かった。

なぜ、曲がっていたのか。その理由は、マイ箸として実際に持ち歩いて使ってもらいたかったからだ。世の中「マイ箸!マイ箸!」と叫ばれていても、実際に持ち歩いてお店で使っている人はほとんどいなかった。それならば、持ち歩いて使いたくなる箸、他人に自慢したくなる箸を作れば、持ち歩いてくれるかもしれないと思っていた。

こうして、様々な形の箸を制作していた。持ちやすさや使いやすさを考えて作った箸もあれば、どうやって持てばいいのか分からない箸もあった。

「100人いれば100通りの使いやすい箸がある。」そう思い至り、100膳の箸を並べて、お見合いパーティーのように、自分に合った箸との出会いを楽しんでもらう個展をすることにした。

この個展が私にとって、人生を変える大きなターニングポイントとなった。

初めての個展は、ありがたいことに多くのお客さんが来場し、箸を手にしてくれた。しかし、全ての箸が完売したわけではなかった。残り半分ほどの箸を、次のクラフトフェアで販売することになった。そこで、偶然出会ったお客さんに「もしかしたら、この箸なら私の友人でも使えるかもしれない。」と言われ、連絡先を交換した。

後日、そのお客さんから本当に連絡が来た。

「今度、君のところに友人を連れていくから、お箸を見せてあげてほしい。」

その人は車椅子を押して、ひとりの脳性麻痺の男性を連れてきた。その男性は、並べてあった全ての箸を手に取り、使いやすさを確かめた。熟慮のすえ、その中の1膳を選んで買っていってくれた。

しばらくしたある日、また連絡がきた。

「普通の箸よりは、使いやすそうにしている。でも、やっぱりまだ使いにくそうにしている。」そう言われた。

「それなら、オーダーメイドでその男性のための箸をつくりましょうか。」

この一言から、箸職人としての第一歩が始まった。

初めてのオーダーメイドでの箸づくり。まず始めに、一緒に食事をすることにした。どうやって箸を持つのか、どんなふうに箸を使うのか、実際に食事風景をみさせてもらい、どんな箸にすればいいのか考えることにした。

その男性は、握りしめるように箸を持ち、箸で食べ物を持ち上げるのではなく、お皿に顔を近づけて、口の中へかき込むようしてに食事をしていた。

私はそれまでは、箸の持ち方が正しかろうが悪かろうが、二本の棒で食事ができない人がいるなんて想像したこともなかった。その光景を目の当たりにした時に、大きな衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えている。

しかし、実際に一緒に食事をしても、具体的な箸のイメージが掴めなかったのが正直なところだった。とりあえず、自分なりの知識と経験で試作品第一号を完成させ、男性の施設へ向かった。試作品を実際に持ってもらい使ってもらう。修正する。それを繰り返す。まさに二人三脚の作業だった。そして、少しずつ完成へ近づけていった。完成までには、4回ほど男性の施設へ足を運んだと思う。

ついに、初めての「だれかのための箸」が完成した。これまでは、自分のエゴを押し付けるように、誰か一人だけの手に合えばいいと思い作ってきた箸だったが、ひとりの人に寄り添い、その人のためだけにつくる箸という、全く真逆の出発点から生まれた箸となった。

初めてのオーダーメイド箸は、今の私から見ればお粗末な出来だったが、根本的な部分は、今とほとんど変わらないのが不思議に思えてくる。その箸は、二本の箸が竹のバネでピンセットのようにつながっている。親指と中指で箸を挟むように持ち、人差し指の動きで箸先を開閉できるように作った。

いよいよ、できあがった箸を使って、一緒に食事をすることになった。男性と一緒に食べたのはお刺身定食。これまでは、お皿に顔を近づけるようして、かきこむように食べていた男性が、箸で刺身を一切れをつまみ、醤油の入った小皿にその一切れをつけ、かがむことなく、そのまま口までお刺身を運んで食べた。

目の前で起こった奇跡とも思えるような光景を、見た瞬間に目頭が熱くなり、涙が込み上げてきた。その時に「自分がやるべき仕事はこれだ!」と確信した。

これまでの人生で磨いてきた技術、積み上げてきた経験は、この仕事をするためだったんだ。そう思えた瞬間だった。

これまで、家具工房、お酒づくりと仕事をしてきたが、「本当にこの仕事は自分がやりたいと思っていることなのか?」よく禅問答のように自問自答を繰り返してきた。いつもこころの奥底に、なにかひっかかりがあった。それを隠すように自分に嘘をついて、自分自信を肯定していた気がする。しかし、目の前で起こった奇跡は、こころのひっかかりを綺麗に流し去り、よどみの原因を取り除いてくれた。

「世の中に、箸が使えなくて困っている人がまだまだたくさんいるに違いない。」そう思えた時、仕事をやめる覚悟が決まった。

「これからは、箸で困っている人のために箸を作る。」そう決意した。

食事を終えた男性から「これで、これからはごはんをおいしく食べられます。ありがとう。」

その一言で、箸を作ってきたこれまでの苦労は全て吹き飛んだ。そして、それ以上にだれかのために何かを成し遂げる喜びを味あわせてくれた。

「自分の持っていいる技術で、世の中の役に立てる。」

その次の日には、勤めていた酒造会社に辞意を伝えていた。

しかし、新しい道を歩むことを応援してくれる人は、ほとんどいなかった。「絶対、成功するはずがない。」「箸を作って生活ができるわけない。」「このままいけば安定した人生を送れるのに。」しかし、若気のいたりと言えばそうかもしれないが、一切の不安や迷いは不思議と全くなかった。

「世の中の誰もが納得するような、常識的な考え方をしていたのでは、新しいものなど作り出せはしない。」

「人から批判されることを恐れてはならない。それは成長の肥やしとなる。」

「世界が必要としているものを見つけ出し、それを発明するのだ。」

これらは、発明家トーマス・エジソンの名言である。私が中学生の時に書いた夢もうひとつの夢「発明家」の言葉だ。

中学生の自分に「人間国宝」と「発明家」の夢は、この人生の延長線上にあると胸を張って言える。

家具職人、蔵人とバラエティに富んだ経歴たずさえ、満を時して2010年30歳の夏に福井市でMiyabowが産声をあげた。

10年目には、定番の福祉用箸「希望の箸」「みんなの箸」を完成させた。開業時から試行錯誤を繰り返してきた。医学の専門書で、手の骨格や筋肉、手の運動学を勉強し、お客さんからの声を聞き、改良に改良を重ね10年の歳月をかけて、ようやく納得のいくものに仕上がった。

15年目を迎え、これまでを振り返ってみると、本当に運が良かったといえる。多くの方に支えられてきたこと改めて実感する。

これからも、ひとりでも多くの箸を必要としている方に届けていく。

「もう一度、箸でごはんが食べたい!」その気持ちを諦めない人のために、全国どこへでも駆けつけていく。

先日、娘が通うことになるであろう中学校から連絡を頂いた。

「中学2年生の職場体験を受け入れることができますか。」「朝9時から夕方16時までの時間を2日間お願いしたいです。」

私が以前に、講演会を行った中学校である。

地域貢献と若者に熱い想いを届けることができる良い機会と思い、受け入れを快諾した。

後日、女子中学生2名が職場体験にくることが決まった。

前日まで、体験内容をどうしようか悩んでいた。初めてのことなので、時間配分や仕事の難易度、仕事量など未知数だったからだ。

「どんなことをしてもらいたか」よりも「どんな経験をさせてあげたいか」を考えて体験内容を考えて、次のような構成で取り組んでもらうことにした。

【 第1ステップ 】マイスプーンづくり

体験内容:自分の手にあった形状を考える。→デザインを型紙におこす。→型紙を使って材料に形を転写。→卓上バンドソーで成形。→彫刻刀を使って表面の仕上げ加工。

体験意図:まずはじめに自分で作品を作る楽しさや大変さなどを感じてもらい、作品が出来上がる制作工程や機械の取扱方法などを体験してもらう。

【 第2ステップ 】 Miyabowの作品の制作体験

体験内容:「はじめての箸」の成形作業。内容としては第一ステップの「型紙を使って材料に形を転写。→卓上バンドソーで成形。」この2つの工程を行なってもらう。

体験意図:実際に行う作業は、同じ工程だが「自分の作品を作ること」と「実際にお客様がお金を出して購入してもらう作品を作ること」というリアルなプレッシャー体験をしてもらう。決して学校の授業では体験することができない心理状態を経験してもらう。

【 第3ステップ 】作業を分担して作業効率UPを考える。

体験内容:第二ステップと同じだが、2人にそれぞれ同じ作業を体験してもらうのではなく、2人で一連の作業を効率よく進められるように分担して作業効率UPを目指す。

体験意図:作業工程を把握したうえで、どうしたら作業が効率よく進めることができるのか。自分がどの工程を行えば作業がはかどるのか。段取りと役割分担を自分たちで考え導き出してもらう。

準備は万全とまでは言えないが、当日の朝になり、仮想新弟子女子中学生2名がやってきた。

お箸屋さんなのに、スプーン作りとは!と面食らった様子だったが、そんなことはお構いなしで、職場体験のスケジュールの説明をおこなった。この時には、体験内容だけを伝え、体験意図は伝えなかった。実際にスプーンを製作したうえで、第2ステップ、第3ステップを経験してほしかったからだ。

いよいよ、新弟子のスプーン作りが始まった。

やはり、それぞれの個性が表れていておもしろい。デザイン画、型紙作りと順調に進んでいった。先生からは、「2人とも美術部員なので」と情報を頂いていたせいか、デザイン画がきれいだった。

そして、初めて使う木工機会での成形作業へと移っていく。

使い方、注意点など説明をして、まずはサンプルの木材で一度、練習をしてもらってから、本番の材料を切ってもらった。

この作業にもそれぞれ個性が表れる。手の運び方、スピード、応用力など見ていておもしろい。

左の2本が本番の材料。右の2本が練習材料。しっかり、練習での失敗の経験を生かし、本番は私の思っていた以上の仕上がりになった。

次は、彫刻刀で持ち手部分の仕上げをしてもらう。刃物を使った作業になるので、ケガをしないように、こちらが気を配って見ていないといけない。

作業の様子を見ながら、もしかしたら職場体験する全生徒の中で最も過酷な職場体験になるかもしれないと、硬そうな桜の木を黙々と削っている新弟子を見て思ってしまった。

無事にケガなく1日目を終えることができて良かった。予定していたスケジュールよりも進行具合は早かった。職場体験というよりも、1日目は美術の授業のようだった。

2日目も前日の作業の続きとなった。

スプーン完成!くぼみの部分は、私が手伝ったが、その他の部分は初めて作った女子中学生によるものだ。当初は、オイルフィニッシュで仕上げようと思っていたが、あまりの素晴らしさに漆塗りにすることに変更した。

そして、ついに第2ステップへと進んでいく。

美術の授業と会社の仕事の違いを体感してもらう。体験意図を説明すると少し表情が引き締まった。こちらの狙い通りだった。

第3ステップでは、仕事をするうえでの段取りの大切さや、いかに時間を有効に使えるかを説明し、作業に入ってもらった。

2人で考え、作業している様子を見て、弟子がくるとこんな感じなのかと、作業する背中を見ながら二日間の成長を感じ、頼もしく思えるほどだった。

どれだけ、伝わったかわからないが、この体験を通してモノづくりの楽しさや、働くことについて何かを感じてもらえれば、この二日間は成功といえるだろう。

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スプーンを手にする2人の顔が楽しみだ。

使い込まれた箸が、里帰りするように修理に戻ってくることがあります。

指リングが割れてしまった箸。箸先が折れてしまった箸。つながっている部分が割れてしまった箸。それぞれ里帰りには様々な理由があります。

Miyabowでは、基本的には簡単な修理であれば無料で行っています。(ただし、送料に関してはお客さまにご負担いただいております。)

里帰りした箸がどのようにして修理され、どんな状態で嫁ぎ先に帰っていくのかをご紹介します。

今回里帰りした箸は、2020年に注文を頂いて製作した箸です。2年くらい愛用してもらっている箸です。

「親指入れる丸の部分が割れてしまいました。修理は可能でしょうか連絡ください。」お客さんからこんな連絡がきました。

「もちろん大丈夫です。修理はできます。こちらまで送ってください。」

送られてきた箸は、リングが割れて、箸先もかなりすり減っていました。さらに磁石から錆も出ていました。さあ、入院して悪い部分を治して綺麗になって退院してもらいましょう。

まずは、連結している箸をばらばらにして、悪い部分を取り除きます。

錆びた磁石を、撃ち込まれた銃弾を取り出すように、えぐり出します。

次に、割れたリングを切除します。


取り付けてあったリングと同じ大きさのものを作ります。

元の位置と同じ角度、同じ高さに接着します。

あとは、箸の長さは、若干短くなってしまいますが、箸先を整えて滑り止めの溝を彫ります。仕上げに、きれいに磨いてあげます。最後に分解した箸をつなぎ直します。あとは塗装をして修理は完了です。

箸先も綺麗になりました。

指リングもこのとおり。

新品同様元通り。

修理されるために戻ってきた箸からは、様々な歴史が見えてきます。驚くほどきれいに使われてきた箸。何年も使い込まれて箸先の溝がなくなってしまった箸。指が当たる部分がへこむほど使い込まれた箸。

そんな箸が戻ってくると「おかえり。頑張ってきたね。きれいに直してあげるからね。」と声をかけてあげたくなります。

「いってらっしゃい。また頑張っておいで!」

Miyabowは、いつでも里帰りする箸を待っています。

「神木探偵 神宿る木の秘密」本田 不二雄 (著) という本と出会った。

実は松の樹皮の模様を器や皿に彫ってみたいという想いから、樹木の写真集を探していたのだ。偶然手にした本には、次のような文が冒頭に書いてあった。

「できれば本書を手にした方も、これらの「すごい」木と出逢い、しばし呆然とし、魂が抜けるような感覚を味わっていただきたい。」

内容を読まずしても、この文章が全てを物語っていることがすぐに分かった。

本文を読み進めていくうちに、「ご神木」には、一本一本にそれぞれ背景や歴史・伝説があり、信仰の対象であり、地域住民のよりどころとなっていることを知った。

本を読み終わった次の日。私もさっそくご神木巡礼に出掛けることになる。

最初に向かったのは、横根の大杉。二本の杉が鳥居のようになっている。

最初にこの場所に呼ばれたのは、鳥居をくぐることで、ご神木巡礼の始まりを意味していたのかもしれない。ここから私の巡礼が始まった。

そして次に向かったのが、岩屋の大杉。

見る角度によって様々な表情をみせる。巨木ならではの樹皮の割れ、蒸した苔、風雪でささくれた皮。それはまるで、歳を重ね悟りを得た仙人のようだった。

思わず、手を合わせてしまった。

3番目に向かったのは、西光寺の大杉。

数え切れないほどの枝に圧倒される。見上げると空一面の枝。首が疲れるほど時を忘れて見上げていた。それほどまでに美しかった。恐ろしさや崇高さよりも美しさや温かさを感じる巨木だった。

4番目に向かったのは、薬師の大いちょう。

これまで、杉ばかりだったので、いちょうの鮮やかな緑がひときわ目を引いた。そして、根元から生えている無数の蘖。樹齢を重ねているからこその、老若が一体の様相が印象的だった。

5番目に訪れたのは、若宮神社の大杉。

縦横無尽に広がる枝は、まるで千手観音のようだった。天だけでは飽き足らず、地面からもそこかしこと根が地表にむき出しになり、この空間を支配しているようだった。

6番目に出迎えてくれたのは、菖蒲池白山神社の大ケヤキ。

このケヤキは、正面と反対側で全く相反する表情を見せた。神社に向かっている正面は何事もなかったかのように平然とみえるが、実は裏側は、本当に枯れていなのかと思ってしまうほど大きくえぐれているのだった。

本当は苦労や大きな挫折を繰り返しているが、それでも顔色を変えずに前向いて生きていくそんな勇気をもらえるご神木だった。

7箇所目は、専福寺の大欅。

これまで見た中で最も太い根回りだった。あまり太さに空いた口がふさがらない。マンモスどころではない、恐竜それもブラキオサウルスの足はこんな感じなのだろうかと想像してしまった。その太い幹ににあわない小さな葉っぱがなんともミスマッチに可愛らしかった。

そして、最後をしめくくったのが、白山神社のカツラ。

これまでのご神木とは一線を画すほどの異様さが漂っていた。うかつに近づけば、幹の周りの細かい枝が巻きついてくるのではないかと思えるほどの強烈な威圧感があった。私の脳内にある木の幹のイメージではない。もはや木ではない他の生命体のようだった。

街中のご神木と違い、山奥にあるご神木だったこともあり、周りの雰囲気や空気感、匂いがそう思わせたのかもしれない。手を合わすというよりも、「失礼します。」という感じである。

根元に空いた穴が異世界に通じているのでないかと思ってしまった。

8本のご神木と対面し、なんとかこのエネルギーを作品として表現したい。

そんなとき脳裏に浮かんできたのが、画家の千住博氏の言葉だった。

有名な滝の画は、ボス鹿を描こうと思っていんだけれども、ボス鹿の奥に見えた滝を描くことでボス鹿の強さを表現できると思った。そんなようなことを言っていた。

私もこのまま樹を彫って作ってもなにか違うと思っていた。そんな時に、思い浮かんできたのが狼だった。神格化された狼の霊的な存在感、味方でもあり脅威でもある崇高な恐ろしさ、私のご神木巡礼で感じたイメージのそれとぴったり重なる。

狼について調べていると日本人と狼の関係がとても興味深い。この話をすると長くなるのでまた次回にしよう。そうして、狛犬ならぬ「狼像」があることも知った。その瞬間、私は「狼像」を彫って巨木で感じたエネルギーを表現しようと思ったのだった。

どんな「狼像」が生まれてくるのか楽しみである。まさか、一冊の本からここまで飛躍するとは思ってもみなかった。

私は、これまでに様々な哲学や仏教・禅などの本を読んできた。今思えば、これまで読んだほとんどは、その類なのかもしれない。意外かもしれないが、四十年生きてきて文豪と呼ばれる小説の作品はほとんど読んだ記憶はない。

それよりも、本を書かれた作家の生き様を垣間見れるような本が個人的には好きなのだろう。それは、ものを生み出す仕事をしていることが大きな要因を占めていると考えられる。「美」や「デザイン」を求めていくと、宗教や哲学の思想や観念、さらには原始的な世界の自然観や無意識の世界へ最終的に誘われていくような気がする。

その理由として、作家がどんなことを考え、その結果どんな信念を持ち、どんな世界を求めたのか。そんなことを感じられる本と出会った時に心から揺さぶれる。

私は、とても感化されやすい。しかし、その熱い想いは、すぐに次の興味に取って変わられる。

しかし、今回読んだ、中村天風さんの本は、考え方、思想などは、古来の大和魂を踏襲しながらも、今の時代にも受け入れられる思想なのかもしれない。

そんな古来の中村天風の哲学が今、私を洗脳している考え方である。

この出会いは、最近興味を持ち始めた瞑想やマインドフルネスの本の中にあった。瞑想といっても、様々な実践方法があり、自分にはどの方法が合っているのか、確信が得られず、何冊か手にとってみたが、その実践方法は決めかねていた。無作為に読んでいた本の中に中村天風「心身統一法」という一文が書かれていた。この本を書いた著者は、

この「心身統一法」は自分には合わなかったと紹介していたが、どんなものか気になり

調べてみたのが始まりだった。

どんな瞑想法か知りたかったが、まずは中村天風という人を知らなければいけないと思い、中村天風が書いた本「運命を拓くー天風瞑想録」講談社と出会うことになった。

読み進めば進むほど、その哲学の世界に引き込まれていく。もはや瞑想法を見つけるという本来の目的を忘れて、この哲学を実践し我がものにしたいという想いが強くなってきた。行き着く先に見えてくる世界、そこから生まれてくる作品がどんなものなのか見てみたくなった。

私なりに、この本の感想文を書き記し、これからの私の生きていくうえでの、実践すべき事柄をまとめてみようと思う。

本文を一部抜粋して紹介する。

しかし、一部を抜粋しても、天風哲学を順を追って理解していかないと内容を理解するのは難しいかもしれないが、理解が追いつかない場合は、この本を読んでみてほしい。

「いかなる場合にも、常に積極的な心構えを保持して、堂々と活きる。」

わかりやすくいえば、腕に自信のある船乗りは、静かな海より、荒波を乗り切る航海の方が、張り合いがあるという。これと同じく、病や苦難から逃げたり、避けたりせず、「矢でも鉄砲でも持ってこい」と苦しみ、悲しみに挑戦し乗り越えていき、自分の力でこれ打ち砕いていく気持ちなれ、というのが、天風哲学の真髄である。

病のためにすっかり天風の体が弱ったとき、インドで出会ったヨーガの先生との会話

ヨーガの先生「お前は、世界一の幸せ者だなあ」

天風「その意味がわかりません」

ヨーガ先生「おい、よく考えろ、もっと奥を。苦しい病に虐げれながらも死なずに生きているじゃないか。その生きているという荘厳な事実を、なぜ本当に幸せだと思わないのだ。苦しいとか、情けないとか思えるのも、生きていればこそではないか。生きているのは、造物主がまだ殺す意思がないから、守ってくだされているのだ。それを幸せと思わないのか。お前は罰当たりだ」

「人間の背後には、人間が何を欲するにも、また何を人知れず思うにも、その一切を現実の形として現そうと待ち構えている宇宙霊が控えている」 ※宇宙霊=私なりの解釈は、この世界のすべてを支配している宇宙エネルギー。

要約するなら、心で思ったことは、宇宙エネルギーによって、現実世界にそのまま瞬時に影響を及ぼす。それが、良い想いであれ、悪い想いであれ、人間の心のあり方が、結局人生を支配する法則なのである。

全ては自分の捉え方次第で、良くも悪くもそこから先は決定される。

ここからは禅問答になるかもしれない。

この本を読んで、生まれた意味、生きる意味を考えさせられた。

なぜ、人は生きるのか。

それは、生きる意味を見つけるため。

(さらに言えば、人を導くため。私はまだこの領域には達していない。)

そして、幸せになるため。

宇宙の真理を自分なりの方法で見つけだし、確認し、確信して実行することで、自分を含め周りの人を幸せに導くため(このクラスは、伝道者レベル)

私は、まだ探求者であり導くようなものではない。目下修行の身である。

その真理とやらは、足元にあり、目の前にあり、この瞬間にあるらしい・・・

「我々の肉体、精神、人生におけるすべて事柄は、心の運用いかんによって決定する。」

「人間の心で行う思考は、人生の一切を創る。」

「心の思考が人生を創る」

「感覚、思考をすべて受入れ、迷いなく一体化した時に、それは神の創造物となる。」

「相手と話をする時も前向きな言葉で導く。」

「言葉は人生を左右する力がある。積極的な「言葉」を使い、生き方を変える。」

「怒ったり、悲しんだり、悶えたり、迷ったり、苦しんだり、なんでも取り込んでしまうと、終始くだらない宿命を引き寄せてしまうことになる。」

「すべてのことを喜び、すべてのことに感謝して生きる。」

「病気になっても、不運になっても感謝する。それは、神がもっと生かしてやりたいと思うからこそ、病をくだされる。今の心の持ち方や生き方をしているから病になる。その人生を改めるよう教えてくれていると思う。まず、第一に生きていることに感謝しよう。」

「今日一日、怒らず、怖れず、悲しまずを実行したかどうか。

正直、親切、愉快に人生の責務を果たしたか。」寝る前に確認する。

朝、目が覚めたら「今日一日、この笑顔を壊すまい」と笑う。

「自分に起こる全ては、ありがたく頂戴しよう。」

中村天風の哲学は、信念が強すぎて受け入れにくい人も多いだろう。しかし、私が探究し、経験や思考から組み立ててきた真理と近しい部分もある。天風哲学を理解実践することで自分なりの真理(宇宙の法則)を見つかりそうな予感がしているもの事実である。

「どんなことが目の前に起っても、それらすべては自分を成長させるために起こっている。」

そんな気持ちで、ものごとを捉えられると、今より少し気持ちが楽になるかもしれない。

ひとことで言えば、一言で言うのは難しいが、

「自分に起こる全てを前向きに捉える!」

それがたとえ、余命数ヶ月と宣告されたとしても…

「死を宣告されても、今は生きている。」

それは、宣告されて再認識するのではなく、今の生き方を現時点で再確認し、

私は、これまでに様々な哲学や仏教・禅などの本を読んできた。今思えば、これまで読んだほとんどは、その類なのかもしれない。意外かもしれないが、四十年生きてきて文豪と呼ばれる小説の作品はほとんど読んだ記憶はない。

それよりも、本を書かれた作家の生き様を垣間見れるような本が個人的には好きなのだろう。それは、ものを生み出す仕事をしていることが大きな要因を占めていると考えられる。「美」や「デザイン」を求めていくと、宗教や哲学の思想や観念、さらには原始的な世界の自然観や無意識の世界へ最終的に誘われていくような気がする。

その理由として、作家がどんなことを考え、その結果どんな信念を持ち、どんな世界を求めたのか。そんなことを感じられる本と出会った時に心から揺さぶれる。

私は、とても感化されやすい。しかし、その熱い想いは、すぐに次の興味に取って変わられる。

しかし、今回読んだ、中村天風さんの本は、考え方、思想などは、古来の大和魂を踏襲しながらも、今の時代にも受け入れられる思想なのかもしれない。

そんな古来の中村天風の哲学が今、私を洗脳している考え方である。

この出会いは、最近興味を持ち始めた瞑想やマインドフルネスの本の中にあった。瞑想といっても、様々な実践方法があり、自分にはどの方法が合っているのか、確信が得られず、何冊か手にとってみたが、その実践方法は決めかねていた。無作為に読んでいた本の中に中村天風「心身統一法」という一文が書かれていた。この本を書いた著者は、

この「心身統一法」は自分には合わなかったと紹介していたが、どんなものか気になり

調べてみたのが始まりだった。

どんな瞑想法か知りたかったが、まずは中村天風という人を知らなければいけないと思い、中村天風が書いた本「運命を拓くー天風瞑想録」講談社と出会うことになった。

読み進めば進むほど、その哲学の世界に引き込まれていく。もはや瞑想法を見つけるという本来の目的を忘れて、この哲学を実践し我がものにしたいという想いが強くなってきた。行き着く先に見えてくる世界、そこから生まれてくる作品がどんなものなのか見てみたくなった。

私なりに、この本の感想文を書き記し、これからの私の生きていくうえでの、実践すべき事柄をまとめてみようと思う。

本文を一部抜粋して紹介する。

しかし、一部を抜粋しても、天風哲学を順を追って理解していかないと内容を理解するのは難しいかもしれないが、理解が追いつかない場合は、この本を読んでみてほしい。

「いかなる場合にも、常に積極的な心構えを保持して、堂々と活きる。」

わかりやすくいえば、腕に自信のある船乗りは、静かな海より、荒波を乗り切る航海の方が、張り合いがあるという。これと同じく、病や苦難から逃げたり、避けたりせず、「矢でも鉄砲でも持ってこい」と苦しみ、悲しみに挑戦し乗り越えていき、自分の力でこれ打ち砕いていく気持ちなれ、というのが、天風哲学の真髄である。

病のためにすっかり天風の体が弱ったとき、インドで出会ったヨーガの先生との会話

ヨーガの先生「お前は、世界一の幸せ者だなあ」

天風「その意味がわかりません」

ヨーガ先生「おい、よく考えろ、もっと奥を。苦しい病に虐げれながらも死なずに生きているじゃないか。その生きているという荘厳な事実を、なぜ本当に幸せだと思わないのだ。苦しいとか、情けないとか思えるのも、生きていればこそではないか。生きているのは、造物主がまだ殺す意思がないから、守ってくだされているのだ。それを幸せと思わないのか。お前は罰当たりだ」

「人間の背後には、人間が何を欲するにも、また何を人知れず思うにも、その一切を現実の形として現そうと待ち構えている宇宙霊が控えている」 ※宇宙霊=私なりの解釈は、この世界のすべてを支配している宇宙エネルギー。

要約するなら、心で思ったことは、宇宙エネルギーによって、現実世界にそのまま瞬時に影響を及ぼす。それが、良い想いであれ、悪い想いであれ、人間の心のあり方が、結局人生を支配する法則なのである。

全ては自分の捉え方次第で、良くも悪くもそこから先は決定される。

ここからは禅問答になるかもしれない。

この本を読んで、生まれた意味、生きる意味を考えさせられた。

なぜ、人は生きるのか。

それは、生きる意味を見つけるため。

(さらに言えば、人を導くため。私はまだこの領域には達していない。)

そして、幸せになるため。

宇宙の真理を自分なりの方法で見つけだし、確認し、確信して実行することで、自分を含め周りの人を幸せに導くため(このクラスは、伝道者レベル)

私は、まだ探求者であり導くようなものではない。目下修行の身である。

その真理とやらは、足元にあり、目の前にあり、この瞬間にあるらしい・・・

「我々の肉体、精神、人生におけるすべて事柄は、心の運用いかんによって決定する。」

「人間の心で行う思考は、人生の一切を創る。」

「心の思考が人生を創る」

「感覚、思考をすべて受入れ、迷いなく一体化した時に、それは神の創造物となる。」

「相手と話をする時も前向きな言葉で導く。」

「言葉は人生を左右する力がある。積極的な「言葉」を使い、生き方を変える。」

「怒ったり、悲しんだり、悶えたり、迷ったり、苦しんだり、なんでも取り込んでしまうと、終始くだらない宿命を引き寄せてしまうことになる。」

「すべてのことを喜び、すべてのことに感謝して生きる。」

「病気になっても、不運になっても感謝する。それは、神がもっと生かしてやりたいと思うからこそ、病をくだされる。今の心の持ち方や生き方をしているから病になる。その人生を改めるよう教えてくれていると思う。まず、第一に生きていることに感謝しよう。」

「今日一日、怒らず、怖れず、悲しまずを実行したかどうか。

正直、親切、愉快に人生の責務を果たしたか。」寝る前に確認する。

朝、目が覚めたら「今日一日、この笑顔を壊すまい」と笑う。

「自分に起こる全ては、ありがたく頂戴しよう。」

中村天風の哲学は、信念が強すぎて受け入れにくい人も多いだろう。しかし、私が探究し、経験や思考から組み立ててきた真理と近しい部分もある。天風哲学を理解実践することで自分なりの真理(宇宙の法則)を見つかりそうな予感がしているもの事実である。

「どんなことが目の前に起っても、それらすべては自分を成長させるために起こっている。」

そんな気持ちで、ものごとを捉えられると、今より少し気持ちが楽になるかもしれない。

ひとことで言えば、一言で言うのは難しいが、

「自分に起こる全てを前向きに捉える!」

それがたとえ、余命数ヶ月と宣告されたとしても…

「死を宣告されても、今は生きている。」

それは、宣告されて再認識するのではなく、今の生き方を現時点で再確認し、

現状を受け入れ、そこから今、そして未来へと、次につなげるための自分にできることを(自分にしかできないこと)、形式だけでなく、その奥に隠れれている深い意味にも想像を働かせながら、理解し次の世代に伝えていきたい。

現状を受け入れ、そこから今、そして未来へと、次につなげるための自分にできることを(自分にしかできないこと)、形式だけでなく、その奥に隠れれている深い意味にも想像を働かせながら、理解し次の世代に伝えていきたい。